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多様性を通して革新を促す先駆者に聞く、enjoiのめざす世界観(前編)

多様性と革新を促すコンサルティング事業、ワークショップ開催などを事業の柱とするenjoi D&I(http://en-joi.com/)。

創業者で政治学の研究・実践者として約20年のキャリアをもつカナダ生まれのスティール若希(じゃっき)さんに、この事業の意義、日本企業の課題、それを解決するための具体的なステップについてお聞きしました。

まずはenjoi D&Iの事業の概要を教えてください。

事業の柱は、多様性を通して革新を促していきたいと考える企業を支援することです。現代は、働く人たち一人ひとりの歩んできたキャリアを含めて、個性を活かして働けるようにならないと、革新が起きにくい時代です。

そこで、私の政治学者・実践者としての視点と約20年間の経験をもとに、経営層に対して「どれだけ多様性が革新に大きな影響をもたらすか」を提示しています。一人ひとりが自身の創造性を解き放てるようになるには、あらゆる組織が、違いを越えた深い信頼や連帯を生み出す実践を続け、共創していくことが欠かせません。それを促進し、支援していくことが私の役割です。具体的には、コンサルティングや研修を通じて、企業内の平等を醸成していきます。

多様性の理念を広げていくためには、常に私自身もそれを体現する必要があります。そこで、enjoi D&Iの事業でも、多様な国籍や背景をもった思想的なリーダーの方々とパートナーシップを結び、連携を図っています。コーディングキャンプの会社もあれば、カナダの「インクルージョン(包摂)」を支援するコンサルティング会社、そしてシンガポールを拠点とするエグゼクティブコーチもいます。こうして、リーダーシップの多様性を提示していくと同時に、私自身も成長してenjoi D&Iの戦略に活かすという好循環を生み出したいと考えています。 

後ほど事業の詳細についてお聞きしたいと思いますが、まずは若希さんのご経歴についてお聞きしたいです。若希さんは、日本とカナダ両方の文化的背景についてお詳しいとお聞きしました。これまで日本では主にどういった活動をされてきたのでしょうか。 

私はこれまで15年以上にわたり、男女平等や多様性の統合というテーマに、政治学者としても実践者としても関わってきました。日本に来日したのは1997年のことです。信州長野の更埴市役所に勤めながら、1998年の長野冬季オリンピック委員会活動にも関わってきました。また、東北大学で日本における多様性とシティズンシップ論の研究をしていた頃、東日本大震災を経験しました。そこでの経験をもとに、「多様性、民主主義、災害レジリエンス(回復力)」の日本・カナダ学際的研究ネットワークを設立し、フェミニスト学者の連携と、その共同報告書を生み出してきました。

さらには、6年間東大の准教授を務め、東京大学社会科学研究所では多様性と危機管理・リスクガバナンスの研究に従事しました。東北における若手女性リーダーの参画型研究や、日本のフェミニスト法制改善運動に関わりながら、日本研究を中心した国際ジャーナルの副編集長・事務局長を務めた経験があります。

そんな背景をもつ若希さんが、enjoi D&Iの事業を始めることに決めた動機を教えていただけますか。 

背景には、カナダと日本の市民権の違いや、それに伴う議会政策策定のプロセスの違いなどを研究するなかで感じてきた課題意識があります。カナダは、制度上、移民を受け入れる社会であるのに対し、日本では現時点では、主に受け入れているのは労働契約による移住労働者です。そこから、多様性のゴールをどこまで設定できるのかについても違いが生じるのです。この比較を通じて、多様性の可能性と限界の範囲を見てきました。私はこうした違いをおさえたうえで、統合的なアプローチをとることで日本の多様性を啓蒙することが重要だと学びました。それが日本での個の尊重と男女の平等を促すことになるからです。

本来なら市民権の考え方や民主主義論に基づいた、政府・民間企業・第三セクター、そして個人を含む、全体のエコシステム(生態系)を見ていくことが必要です。個々の平等の尊重が価値観として根強くなれば、それが革新につながるし、結果的に多様性も醸成されていくのです。

その第一歩として働きかけたのは日本の政府機関です。カナダにいた頃は、多様な立場の女性にヒアリングして、それを政治家に提言し、法律改正の運動や議員の意識改革に関わってきました。日本でも同様に、日本政府や政策決定機関に政治学の知見をもとに個の尊重と男女の平等を促すための助言や提言をしたいと思っていたためです。ですが、日本の場合は「女性活躍」を謳っているものの、政治学者の声が政治家に届きにくいように感じられました。これまで蓄積されてきた法改正の事例と根拠が、カナダと比べると反映させにくいというもどかしさを感じてきたのです。 

このままでは世界での人材競争が激化するなか、日本で不平等な立場に置かれている優秀な人材が海外の企業へと流出してしまう。それでは、日本の国際競争力が下がっていく一方です。政治を変化させて、エコシステム全体を変えていくには、民間企業のリーダー層を動かさないといけない。そこで、企業内に「男女の平等」「多様性」の企業文化を根付かせることを目的として、enjoi D&Iの事業を始めました。

多様性の問題の切り口の1つとして、日本では「女性活躍推進」が叫ばれているのに、2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」が過去最低の121位となっており、男女平等が後退しています。問題意識をもつ人が多く、政府や企業が動いているのに変わらない部分があるのはなぜなのでしょうか。

1つは「集団の認識論」が影響しています。西洋の認識論によると、集団は二元論で捉えられるため、2つの集団がそれぞれ全く別物で、1つの集団内での違いが軽視される傾向にあります。これでは共通項を見出せず、それゆえ集団の間で対立が起きてしまいます。

本来なら2つの集団それぞれに「集団内多様性」があります。たとえば、同一集団であっても、出身地や言語、家族形態などが違った人がいますし、一人ひとりが複数のアイデンティティをもっています。それは相手側の集団であっても同じこと。それを認めることが同一集団内での衝突を解決するために必要です。私はそのための取り組みとして、人種や民族、ジェンダー、LGBT、言語、家族形態などの複合的な多様性を意味する「交差的多様性(intersectional diversity)」の考え方を採用しています。 

二元論から離れるためには、「アイデンティティはスペクトラムである」という仮定から始めるとよいでしょう。2つ以上のカテゴリーの認識は当然だと気づけるので、対立的な関係性がなくなります。外国人か日本人かで分ける発想、つまり二重国籍、二重の文化・言語・人種は不可能という仮定から離れましょう。また、「多国籍」「多文化共生」を当たり前だととらえれば、グローバル視点や相互理解の視点を誰もがもつべきだと考えられるようになります。

さらに性別に関しては、「男」か「女」という二元論より、人間性の男らしさや女らしさ、それぞれの素晴らしい貢献を認めあったうえで、生まれたときの体の性別で人間性は限られているのではないと考える必要があります。人間性の多様性から学んで成長すること、そして男女以外の「ノンバイナリー」の人間性も受け入れることが重要です。そのような開かれた心を日常的に育てていけるとよいですね。 

ただし、集団のなかで多様性や個性を表せるようになるには、最初に申し上げたような深い信頼と連帯意識が前提となります。これらが醸成されていると、他のメンバーと共感を通じてつながることができるのです。

 

後編に続く


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